【米津玄師】リビングデッド・ユースの歌詞の意味を解釈・考察

2018年6月28日

米津さんの青春時代の苦しみを歌った歌である「リビングデッド・ユース」。

この曲の歌詞、全然意味が分からないという人もどうやら多いようです。

そこで今回は、米津玄師ファン歴約10年の僕がこの名曲の歌詞を米津さんの過去に紐付いて徹底解釈していこうと思います!

(サムネイル画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=A2bFukH-TwA)

リビングデッド・ユースの曲にまつわる情報

リビングデッド・ユースは2ndアルバム「YANKEE」の1曲目に収録されている楽曲で、ギターロックでありながらも王道のロック感からは少し外れた米津さんらしいテイストの曲となっています。


YANKEE [ 米津玄師 ]

特にサビがファルセットから入る楽曲は米津さんの楽曲の中ではかなり珍しく、その点にも注目ですね。

タイトルですが、リビングデッドは”生きている死体”、ユースは”青春時代や若い頃”という意味となっていて、おそらく米津さんの経歴を考えると米津さん自身の学生時代の頃のような若い時の気持ちを婉曲的に歌った歌なのではないかな?というように推測ができます。

 

リビングデッド・ユースのPV

公式PVはこちら!

曲調に加えてPV自体もなかなかに奇想天外というか摩訶不思議というか何とも掴み所のないPVとなっています。

目隠しをされている男性がまさにリビングデッド、生きている死体のようにお面の子供に誘われて部屋の中を歩き回る映像になっていて、お面の子どもがサムネの鹿のようなお面を取ると男性の顔のお面に切り替わるところが非常に不気味です。

おそらくこの子どもは男性が幼い時に持っていた「純粋無垢な心」を表し、大人になってしまった今、もう一度他の人とは違うようなハチャメチャなアーティスト心を爆発させようと夢の中でこの子どもを追いかけているというのが歌詞の中身と重なってきますね。

歌詞でも描かれている米津さんの「大多数の普通の人とは違う価値観や感性があるからこそ、独特の作品が作れるが、他の人からはその独特さがゆえにいじめられたり責められてしまう」という過去やメッセージをMVの中でもしっかりと描いているところがお見事です!

米津さん自身も顔出しで出演されていますね。

なんとなくいつもと顔の写りが違うように(いつもよりイケメン)個人的には思うのですが、気のせいでしょうか…?

「mad head love」などでもこの赤いテレキャスターが出ていましたが、今回もこの赤いテレキャスターのギターがいい感じに似合っていますね。

 

リビングデッド・ユースのインタビュー記事

インタビュー記事はこちらです。

調べたのですが、リビングデッド・ユース単体のインタビューはなかったので、この曲が収録されている2ndアルバム「YANKEE」のアルバムインタビューを載せておきます。

・ナタリーミュージック

http://natalie.mu/music/pp/yonezukenshi04

 

リビングデッド・ユースの歌詞の意味を解釈・考察

リビングデッド・ユースは、自分の価値観とそれを認められない世の中や周りの価値観との相違に苦しみながらも生きていかなければならないこの世界のことを歌った歌です。

最初は何のことを歌っているかは一見分かりにくい歌ではあるのですが、細かく歌詞を解釈することでかなり米津さんの言いたいことが見えてきます。

そして、この曲は非常に米津さんらしい歌詞だなぁと分かる一曲となっていますので、以下の歌詞解釈をぜひ読んで、米津さんの言いたかったこと・メッセージを感じ取ってみてください。

 

リビングデッド・ユース_1番Aメロ前半歌詞の意味・解釈

さあ 目を閉じたまま歩き疲れた

この廃墟をまたどこへ行こう そう 僕らは未だ大人になれず

彷徨ってまた間違って こんな悲しみと痛みさえ どうせ手放せないのならば

全部この手で抱きしめては 情動遊ばせて笑えるさ

(出典: リビングデッド・ユース 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

この曲はAメロとBメロを2回重ねてからサビにいくという少し変わった曲構成の曲なので、今回は前半部分で一旦区切って曲解釈を進めていきます。

まず「目を閉じたまま歩き続ける」という歌詞ですが、これは前が見えていない状況で闇雲に歩いている様子を表しています。とにかくがむしゃらに前に進もうとする若者の絵が浮かびますね。

続いて「大人になれず~」と、早速ユース感が出てくるフレーズが現れてきますので、先ほどの歌詞とも連携していることが理解できるかと思います。

最後の歌詞も同様に、色々と若気の至り的にやっては間違えて、その失敗からさらに次の行動に移していく様子を「情動遊ばせて~」という部分で表現します。

ちなみに、情動という言葉は情緒不安定の情緒と同じ意味で、気持ちの動きのことを指します。ここから察するに「間違えても失敗しても、それを笑い話にして前に進むような情景」がなんだか浮かんできませんか?

総合的に、やはり若い頃の後先を考えない純粋な気持ちの抑揚や心の不安感を歌った歌のように思えます。

リビングデッド・ユース_1番Aメロ後半歌詞の意味・解釈

さあ 呪われたまま笑い疲れた この現世をまたどこへ行こう

もう 息も続かない 喉も震えない 失ってまた躊躇って 

「嫌い」を吊るしあげ帰りの会 どうせ負けてしまうのならば

弱いまま逃げてしまえたらいい

消して消えない灯りの先へ

(出典: リビングデッド・ユース 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

こちらもAメロ+Bメロの構成。

この歌詞に出てくる「呪われた」は米津さんの中でのこの当時のホットワード。

サンタマリアWOODEN DOLLの歌詞でも出てきているように、この歌詞は自分のどうしようもない弱さや辛さを指し、これに苛まれながらも人は作り笑いをしながら平気なふりをして毎日を過ごしているといったように読み取ることができます。

さらに、ここから先は息も続かず喉も震えずといったネガティヴの極限状態であるとも続けて表現していますね。米津さんからすると「自分は他の人とは違う価値観の人間である」という感覚はとても辛く生きづらい感覚があったのでしょう。

 

「嫌いを吊るし上げ~」の部分は、自分と違う価値観や相手の嫌いな部分に向かって面と向かって立ち向かうのでなく、2ちゃんねるの掲示板に書いたり裏でこっそり悪口を言うかのような形で「嫌いなもの・自分の価値観とは相容れないものを批判する」ことを「吊るし上げ」と表現していると思われます。

そして、そのまま吊るし上げたらすぐに吊るした側は帰ってしまう・消えてしまう様を「帰りの会」と形容しています。

続く「どうせ負けてしまうのならば~」は、そのような嫌いなものにたとえ自分の価値観を説明しても理解してもらえないなら、そのまま逃げて自分の信念を貫き通すことを書いているように思えます。初期の頃の米津さんの気持ちがどこか垣間見えるような気がしますね。

リビングデッド・ユース_1番サビ歌詞の意味・解釈

シクシク存在証明 感動や絶望に泣いて歌う

迷走エスオーエスの向こうに 救命はないのを知っていたって

精々生きていこうとしたいんだ 運命も偶然も必要ない

遊ぼうぜ 明けぬ夜でも火を焚いて今 そんなそんな歌を歌う

(出典: リビングデッド・ユース 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

さまざまな感情に感化されながら、それらを曲にして歌うことで自分の存在証明とする米津さんの姿をそのまま歌ったかのような出だしですね。

いくら自分と相手の価値観のぶつかりが起こって気持ちが揺れ動こうとも、結局最後にそれをどうにかできるのは他人でなく自分だけなのだ、と読み取れる歌詞が続きます。

そして、運命とか偶然などといった大層なものは必要とせずにただただ懸命に生きようとしているだけで、その生きるということを辛くて暗い出口のないトンネルのような人生の中でも楽しんでいきていきたいということを、サビのラストに描いているようです。

リビングデッド・ユース_2番Aメロ歌詞の意味・解釈

さあ 笑われたまま願い疲れた この隘路をまたどこへ行こう

どうにも日々は無常 頓智気やれば非道 貶されてまた傷ついて

死球を見逃したアンパイア どうせ公正じゃないのならば

僕はせめて味方でありたい 信じられないならそれでもいい

(出典: リビングデッド・ユース 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

言いたいことは1番Aメロと同じです。

隘路は「狭い通路」という意味なのも踏まえると、自分が周りの価値観とは違うことを笑われていることに対して、「そんなことはない。自分がいつか報われる日が来る」と願いつつも、目の前の現実にはやはり生きづらさを感じているというストーリーです。

 

そして後半部分ですが、毎日は無常で移り変わるけれど、それでも他の人と同じようにしないと非道だと貶されて馬鹿にされてしまうと歌っていることがよく分かりますね。

「周りとは違う価値観=死球」と解釈すると、その死球を見逃してしまう人たちのことを「自分の良さの分からないアンパイア」と比喩しているように読み取れます。

 

ここから「おっ!」と思うのは、この後の歌詞です。

というのも、米津さんと同じように「通常とは違う価値観や感性を持っている若い人たち」に対して、米津さんはエールを送っているのです

送られた本人たちは基本的に価値観が違うことを表面的に認められることを嫌がる人種なので、たとえそのエールが表面的にとらわれてしまったとしてと構わないし、そこに対して何か見返りを求めているわけではないという姿勢も伺うことができます。 

ハチ最盛期〜diorama時代とYANKEE以降を比べると、今までこのように誰かのことを応援するという歌詞を米津さんはほとんど書かなかったので、誰かの苦しみに寄り添ってそれを救おうとするそのスタンスの変化も読み取れると「あ、前向きになったんだな」となんだかホッコリしますよね。

リビングデッド・ユース_2番サビ歌詞の意味・解釈

ドクドク精神胎動 欠乏も飽満も見過ごして

劣等身体もう維持限界 散々呪いを受け取ったって

精々生きていこうとしたいんだ 慢心も謙遜も必要ない

許したいんだ 消せぬ過去から這い出すような そんなそんな痛みを

(出典: リビングデッド・ユース 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

2番のサビで伝えたいメッセージも1番サビと似たニュアンスです。

最初の1行は、自分の感情がその時々の満足感や不満足感によって喜怒哀楽変わっていくことを「精神胎動」と表現しています。

胎動は赤ちゃんがお母さんのお腹の中で動くことで、まさにこの精神状態の擬音とうまく重なっていますね。

 

2行目以降の部分は、相変わらず周りからの価値観のズレからくる批判に苛まれている様子を歌っているように思えます。

ただただ過去の経験に由来する「自分の思ったように生きる生き方=痛み・呪い」に対して、それがいいとも悪いとも言えないものだということを理解しながらも、アーティストとしてそれを貫き通したいという気持ちがよく分かりますね。

 

リビングデッド・ユース_Cメロ歌詞の意味・解釈 

痛みで眠れないまま 彷徨い歩く僕らは

死にながら生きるような姿をしていた

思うように愛せない この世界で生きる為

血まみれのまま 泥沼の中 僕らは願い また歩いて行こうとする

(出典: リビングデッド・ユース 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

死にながら生きるようなという、まさしくタイトルのリビングデッドを表す言葉が出てきました。

やはり、この曲でずっと歌われているような自分の思うようには上手く生きることのできない世界に対して、迎合することなく必死に生き抜くという強いスタンスがこのCメロからは読み取ることができます。

サンタマリアのシングルを出した時から、自分と他人の価値観は相容れないことや、バンドでなく独りで曲を作ることの意味合いなどをインタビューでずっと口にしていたので、その米津さんのアーティストとしての誇りのような良い意味での異常と言える価値観を貫くメッセージ性が、同じように少しでも自分の価値観を大事にしたいと思う人に響いているのだな、と個人的に想像を燻らせています。 

※ラストサビは1番サビと全く同じため、歌詞解釈を割愛します。

まとめ|リビングデッドユースの歌詞の意味・解釈を考察

リビングデッド・ユースの歌詞解釈をしていきましたが、いかがだったでしょうか?

この曲は米津さんの原点とも言えるような想いを感じられる一曲で、自分のオリジナリティを貫き通す生き方はいわゆる世間一般的な生き方や誰かに合わせる生き方とは違ったものであるために色々と苦しい想いをしなければならない時もあるけれど、それに負けないように生きていきたいという若さ故の強い想いがにじみ出ている曲となります。

18歳の頃からパンダヒーローマトリョシカなどのヒットソングを連発していつつも、普段の生活面では一般人の生き方と相容れない米津さんだからこその曲とも言えますね。

 

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YANKEE [ 米津玄師 ]