【米津玄師がかいじゅうずかんに込めた想い】loveの歌詞の意味を解釈・考察

2018年6月28日

こんにちは、米津玄師オフ会”ぼっち会”の中の人(@yonedu_bochi)です!

 

今回は米津さんのどのシングルにもアルバムにも収録されていない、知る人ぞ知る名曲「love」の歌詞を解釈していきます。

とてもシンプルで短い歌詞に米津さんはどのような想いを込めたのか?

それはかいじゅうずかんとどのように関連しているのか?

その辺りを関連させて歌詞の意味を考察していけたらなと思います!

 

loveと「かいじゅうずかん」

loveは、米津玄師さんのイラスト集「かいじゅうずかん」の付録として収録された楽曲です。

意味はその名の通りで、米津さんが音楽雑誌「ROCKIN’ON JAPAN」に連載してきた「かいじゅうのイラストを書く」という企画が単行本になった本です。

「かいじゅう」は俗に言う怪獣とはまた定義が違い、「もともとは人間で、人間の言葉が分かるけれども人知を超えた力を持つ独立した種」のこと指しています。


かいじゅうずかん ([バラエティ])

 

米津さんのプロフィールでも取り上げたように、彼は音楽だけでなくイラストも得意なのでこのようなマルチなお仕事ができるので、今回のような本が出来たというわけですね。

そして、41体のかいじゅうのイラストと解説に付録として付いているのが「love」という1曲だけが収録されたCD。

今回はこの「かいじゅうずかん」の世界観を表したという「love」が何をどのように描いていくのかを解き明かしていこうと思います。

(ちなみに米津さんは4thアルバム「BOOTLEG」の中でも「かいじゅうのマーチ」という楽曲を制作していたので、こことももしかしたら関連があるかもしれないですね!)

 

loveの歌詞の意味を解釈・考察

loveはその名の通り「愛」ではありますが、同時に「哀」を表しているようにも感じます。

人間とは違う孤独で忌み嫌われるかいじゅうだからこそ「愛」を求める哀しい動物なんじゃないかなと思うと、この曲の全体像が見えてくるのかなと…。

また、米津さん自身が過去にインタビューで「自分のことを醜い生き物=(怪獣)だと思っていて、孤独感を感じながら幼少期を過ごしていた」と発言していたりもするので、今回のかいじゅうは米津さん自身の過去や経歴なんかにもダブらせながら考えると歌詞から彼の深い思想も垣間見えてきます。

それでは早速、歌詞解釈を始めましょう!

 

love_1番Aメロ歌詞の意味・解釈

夜明けの随に この声を

忘れないでと 海に放した

幾千もの光が 流れていく

風を受けては 果てへと向かう

(出典:love作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

かいじゅうの孤独の哀しみを風景描写の観点から説明しているAメロですね。

「隨に」とは「なすがまま」という意味なので、夜明けになっていく中で孤独を感じるかいじゅうが「自分のことを忘れないで」と海に向かって叫んでいる様子が解釈出来ます。

かいじゅうは本当は「かいじゅうずかん」に載っているかいじゅう以外にも何体もいて、おそらく本当は41体だけではすまないほど存在しているのでしょう。

そのかいじゅうたち全員が「忘れないで」と叫ぶ声が「幾千もの光」となっている意味なのだと思われ、かいじゅうたちのいる場所からどこか遠い果てへと声が飛んでいくという切ない描写がここには描かれています。

 

love_1番サビ歌詞の意味・解釈

どんなに遠く離れたとしても

ずっと深く傷ついたとしても

もう二度と会えないんだとしても

思い出せなくなってしまっても

(出典:love作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

かいじゅうの心情描写が「〜だとしても」という言葉尻に合わせていくつも描かれています。

この「たとえ〜だとしても」の続きは「僕は愛(=哀)を歌うよ」という意味になるのでしょう、仮定的な書き方をすることでかいじゅうの強い意思と同時に孤独を恐れる気持ちを見事に表現し切っています。

かいじゅうにとっての大切な人と遠く離れてしまって会えなくても、「人間じゃないじゃないか!」と言われて傷ついたとしても、二度と会えなくなっていつか忘れてしまったとしても、それでも叫び続けると歌っている姿にリスナー側の心がキュッと締め付けられます。

 

love_2番Aメロ歌詞の意味・解釈

繰り返し僕らは 海へ叫ぶ

暗い孤独を 歩いていく

(出典:love作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

「返し」と「暗い」の部分を何度もリフレインで歌っているのが印象的な2番Aメロの歌詞。

おそらくアイディアとしては「”繰り返し”を繰り返し歌ったら面白いのではないか?」というところから来ているとは思いますが、歌詞の世界観からの意味づけを考えるのであれば「かいじゅうが何度も何度も海に届かない哀しみを叫ぶ」という意味合いで解釈することができるでしょう。

そして、「暗い」の部分は推測ですが英単語の「Cry(=泣く)」とかけているのではないかなと思われます。

かいじゅうが故の孤独感に泣いているのと、海へ叫ぶというところから「鳴き声」も意味としてかけているのかもしれません。

 

そう考えると風景描写的な歌詞の書き方にもかかわらず、たった2行の歌詞でかいじゅうの心の辛さについて相当な情報量としてメッセージング出来ているのが恐ろしいですね。。

米津さんの才能だからこそ為し得る高度な作詞術だと言えます。

 

love_2番サビ歌詞の意味・解釈

永遠に生きれないとしても

いつかは嫌われたとしても

誰も悪くなかったとしても

痛みが消えないんだとしても

(出典:love作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

2番サビの歌詞構成も1番サビと同じようになっています。

まず1行目は推測ですが、人間は確実に永遠には生きられないというところがあるけれども、かいじゅうはいつまでも生きられる存在なのかもしれません。

そう考えると、たとえ会えたとしてもいつかは離れ離れになってしまうという悲しい宿命をこの歌詞に込めているのかもしれません。

 

2行目は1番サビの2行目と同じような感じで「嫌われて傷つく」ことについて描かれていますね。

3行目の「誰も悪くない」というのは、かいじゅうの見た目が普通の人間とは違うのも運命だから別に誰かのせいということもないということを指しているのでしょうし、その見た目を馬鹿にする人が馬鹿にしてしまうこと自体もある種仕方ないことなのだろうという意味としても捉えることができます。

そしてラストが「孤独や周囲の罵倒から来る全ての痛みが一生消えないとしても、それでも前を向き続ける」というとても強い歌詞で締められています。

 

サビはたった4行でシンプルに見えますが、それでもこれだけ奥深さを出しているのはメロディの力もありますが、歌詞の表現力のおかげでもあることがお分かりいただけたと思います!

※ラストのサビは1番と2番のサビを合わせたものなので、解釈は割愛します。

 

おまけ:かいじゅうは他の曲のPVにも実は潜んでいる

実はかいじゅうずかんを見ていると「あれ、これってこの曲のPVのキャラクターなのでは…?」というものがいくつか載っています。

原画はもちろんここにはアップ出来ませんので、曲名とそのPVの何のキャラクターに紐付いているかをおまけとして書いていきますね!

 

・サンタマリア:フラワーマン(PVが進むにつれて花の数が多くなりますが、この花は生気を吸い取るそうです)

【米津玄師】サンタマリアの歌詞・メロディの意味・解釈を考察③

(画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=KR54fHpcxEQ)

 

・フローライト:子連れ毛玉

(画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=WLEPU7DqLzg)

 

・アンビリーバーズ:狼人(苦しんでいる人=苦労人を文字って苦狼人にしたのかな?とも思います)

【米津玄師】アンビリーバーズの歌詞・メロディの意味・解釈を考察

(画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=naJcqMBbAn4)

 

まとめ| loveの歌詞の意味を解釈・考察

loveの歌詞を解釈してみましたが、いかがだったでしょうか?

「かいじゅうずかん」のかいじゅうたちの気持ちを綴ったこの曲は、diorama時代にも吐き出している鬱屈とした米津さんの心の底に流れる思いを体現したような楽曲でしたね。

自分としてはかいじゅうの心の辛さや逆境に反して、サビの書き方が非常に前向きだったところに米津さんの「リスナーに何か少しでもプラスになるもの・応援してあげられるものを届けたい」という想いを感じたような気がして、とても好きな1曲になりました。

ぜひ他の楽曲の歌詞も解釈していってみてくださいね!

 

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かいじゅうずかん ([バラエティ])