【米津玄師】ポッピンアパシーの歌詞の意味を解釈・考察

2018年6月28日

ポッピンアパシーの曲にまつわる情報

ポッピンアパシーは米津玄師さんのメジャー2枚目のシングルで「MAD HEAD LOVE」との両A面シングルです。


MAD HEAD LOVE/ポッピンアパシー

この曲はサウンドがまさに少し聞いただけで「これ作ったの米津玄師でしょ!」となるような、まさに米津サウンドな楽曲です。

不協和音やらノイズ音やら色んなものが絶妙な多さとタイミングで入っています。

(サムネイル画像出典:https://www.youtube.com/watch?v=A2bFukH-TwA)

ポッピンアパシーのPV

公式PVはYoutubeに載っています。

このPVもまたすごい世界観で、米津さんが色んなものを作ったり音楽を録音したり演奏したりするのですが、一つ一つのアイテムが曲の世界観を作り上げているのを歌詞解釈を読み終わった後であれば感じられると思います。(初見では意味不明だとは思いますが…)

また、使用しているギターはフェンダーのストラトキャスターのゴールドですね。

(※このギターも含め米津さんのギター機材が気になる方はぜひこちらの「【画像で徹底解説】米津玄師のギター・エフェクター機材!」の記事も参考にしてみてください!

ポッピンアパシーのギターコード

ギターコードはこちら!

http://www.ufret.jp/song.php?data=37307

カポを4フレットにつければEmとA7ばかりでだいぶ簡単に弾けるようになります。

逆に言えばコードが繰り返しな分、単調な演奏になってしまう可能性があるので、コードストロークのパターンに気をつけて飽きさせないように弾くことを心がけましょう。

こちらはエレキギターでの演奏ですがAメロの刻み方はかなり参考になるので、ぜひチェックしてみてください!

 

ポッピンアパシーのインタビュー記事

ポッピンアパシーのインタビュー記事はこちらから!

シングル曲なのでいろいろと記事は多めです。

・ナタリーミュージック

https://natalie.mu/music/pp/yonezukenshi03

・BARKS

https://www.barks.jp/news/?id=1000095414

・M-ON! MUSIC

https://www.m-on-music.jp/0000104818/

ポッピンアパシーの歌詞の意味を解釈・考察

ポッピンはpopin、つまり筋肉を弾くダンスの種類の名称です。そしてアパシーは無関心という意味の英語。

これを合体させると「ところどころで意図的に起こす無関心」のような意味合いになるのでしょうか?

サウンドもさることながらタイトルも歌詞解釈も一筋縄ではいかないかもしれないですね。

とりあえず歌詞を見ていきましょう。

ポッピンアパシー_1番Aメロ歌詞の意味・解釈

簡単なことすらもう覚えてない

今どうしようもないほど間違いでいっぱい

頭の中ペンキ溢してしまったのさ

明確な意志もなかったなら

今感情もなにもが信用にならん

ここがどこかさえわからないままでいる

(出典: ポッピンアパシー 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

おそらくですが、米津さんの過去の病気のことがここには込められているんじゃないかなと思われます。

「うつ病」から来る物事への無関心さ・悲観的な感情、単純ミスの連続などの症状がここに表れていて、それが「何もかも覚えていないし、いろいろとやらかしてしまう」という歌詞に繋がっているのではないのかなと。

そして、それらをひっくるめて「思考のごちゃごちゃさをペンキが溢れた」という比喩にたとえているように見えます。

アパシー(=無関心)的な表現として、「明確な意思がなかったなら〜信用にならん」までもが当てはまります。

全く何かを意図的に行動する・しないというのは、要するに物事に対しての興味のあり・無しを示すようなもの。

それが今は無いというように表現していることから、物事への「無関心さ」がじんわりと伝わってきます。

自分の興味の幅の狭さに関しては、米津さんの高機能自閉症の症状がそれに当てはまるのでまさにそこかなぁと思われます。

ポッピンアパシー_1番Bメロ歌詞の意味・解釈

教えてよねえ 言えないまま 飲み込んだ言葉の行方をさあ

それはいつか血に流れては 体に溶け込むのだろうか

(出典: ポッピンアパシー 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

言えない言葉とは「自分の本当の感情」のことで、ネガティブな気持ちになっているが故に「何をやっても面白くない」という感情が渦巻く自分がいる反面、「この状況から抜け出したい」という気持ちもあります。

ただ、その状態から抜け出したいという気持ちから「何かやってみたい」と言いたい自分がいるものの、「何をやっても無理」というネガティブな感情もあるので、その言いたい言葉を飲み込んでしまう米津さんの様子がここに描かれているのではないかなと考察します。

ポッピンアパシー_1番サビ歌詞の意味・解釈

ずっと目を塞いでいた

ずっと馬鹿馬鹿しいことばっかりやっきになって今

やっと気がついたんだ

やっぱ何処にもこうにも正解なんていないようだ

(出典: ポッピンアパシー 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

ずっと・やっと・やっぱは韻を踏むために使用されたものだということが一目でわかります。

リズムからおそらくこのサビは作られたのでしょう、それに合う言葉を歌詞の意味に合うように書いていったようにこの曲は見えます。

「目をふさいでいた」というのは見たくもない何かから意識を遮るため、無関心になるための行動でしょう。馬鹿馬鹿しいことばかりをしてきたけれども、そんなことをしていてもそれが正解というわけではない。

僕もうつ病手前の適応障害というメンタルの病気になったことがありますが、気持ちがドンと落ちた時はひたすらに本を読み続けていました。それは、どこかにこの自分の落ちている気持ちを解消する答えのようなものがあると思っていたためです。

そのような経験をしているからか、頭で色々考えたり意味がありそうでないものばかりをやっても正解がないというこの表現には、どこかそのようなニュアンスを微かに感じることができます。

無関心のようでいて、実は関心がどこかに見え隠れするような感覚なのですが、文章で伝えるのは非常に難しいですね。(笑)

ポッピンアパシー_2番Aメロ歌詞の意味・解釈

単純なことすらもうわからない

今ぼんやり燻る澱の中で

頭が痛い鮮やかな色に塗れて

どうだっていいのさそんなこと

今望んでいたものが何かも知らずに

ただただペンキ零していくだけだ

(出典: ポッピンアパシー 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

澱とは液体中に沈んだカスのことを指します。

精神状態的にだいぶどん底まで落ちている中からだと、外の世界の景色が鮮やかすぎて目がくらんでしまうようなイメージでしょうか?

ただ、それすらもどうでもいいと言って、何がしたかったのかも分からずにさらに頭の中にペンキをぶちまけてカオスな脳内になっていってしまいます。

ポッピンアパシー_2番Bメロ歌詞の意味・解釈

教えてよねえ 選ばぬまま 過ぎ去った道のその行く末を

そこでいつか出会えた筈の 誰かの生きていた証を

(出典: ポッピンアパシー 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

ここのBメロの歌詞は少し今までとは毛色が違う歌詞ですね。「もし何か選択を別の方向にしていたら、その先の未来はどうなっていたのか」という、どこか後悔の念も感じられるような歌詞ですね。

前半部分から見ているように、主人公はだいぶ辛い思いをして自暴自棄になってしまっているので、自分の今の選択じゃない未来を望んでいるのもどこか納得がいきます。

ポッピンアパシー_2番サビ歌詞の意味・解釈

そんな目を塞いでいて

どうもフラフラピンボケボンクラやっては大迷惑

こんな悲しいの中で

勝手やっても泣いても全然だ もうどうしようか

(出典: ポッピンアパシー 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

現実に目を向けずに目を塞いだまま何かをしたって、フラフラにしか歩けないし、全然モノが見えないからピンボケ状態だし、ボンクラなことしかできないんだよという米津さんのメッセージが少し顔を覗かせます。

また、面白い表現ですが「こんな悲しいの中で」というフレーズが出てきます。「悲しみの中で」とかだったら分かりますが、悲しいという形容詞を名刺的に使っているのは国語的に非常に興味深いです。「悲しみ」よりも確かに「悲しい」の方が主人公の気持ちの強さが表れている気もしますが、それにしても面白い。

もしかしたら何かの小説の一行をオマージュしている可能性もありますが、それにしても米津さんの言葉選びのセンスには脱帽です。

ポッピンアパシー_Cメロ歌詞の意味・解釈

目を開け そうだ少なくとも

自分の塗った色くらいはわかるだろうが

(出典: ポッピンアパシー 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

自分の塗った色くらいはわかるだろうが、というフレーズは歌詞を理解する上でかなり重要な言葉になってくるかもしれません。

自分が塗った色、2番Bメロのことを考えると自分の選択した未来に責任を持ってくれというようにも捉えることができます。

そのように解釈できるならば、ポッピンアパシーという曲全体として「どん底まで落ち込んでいる人に対して、お前が選んだ選択が重なって今につながっているんだから、そこに責任を持って目を開けて生きていってくれ」という米津さんからのメッセージのように解釈することができます。

米津さん自身もうつ病だったり引きこもりがちだったりしたからこそ、このような気持ちになったことやそこからの脱却についてオーディエンスに届けたい。そんな心持ちまでどこか見えるような気がしてきます。このCメロでだいぶ何の曲かが分かってきましたね。

ポッピンアパシー_ラストサビ歌詞の意味・解釈

ずっと目を塞いでいた

ずっと馬鹿馬鹿しいことばっかりやっきになって今

やっと気がついたんだ

やっぱ何処にもこうにも正解なんていないようだ

それがただ一つの正解だ

(出典: ポッピンアパシー 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

歌詞自体は1番サビのものと同じなので詳細は割愛しますが、最後に一文だけ1番にはなかった歌詞が付け加えられていますね。

「正解なんてないということが、ただ一つの正解である」という非常に哲学的ですが、的を射ている言葉です。

人間の人生において、何かの価値観が絶対に正しいというものは無く、本来正解などというものは無くて等しいものである。科学などのアカデミックな領域ですら、数十年数百年経ってしまえば、実はこの公式は間違っていたなんてものもザラ。だからこそ、人間が生きる上で絶対的な正解などというものがないという考え方それ自体が正解という表現をしているのでしょう。

この一文があるのとないのとではこの曲の締まりは全く違いますね。

まとめ|ポッピンアパシーの歌詞の意味を解釈・考察

ポッピンアパシーの歌詞解釈をしていきましたが、いかがだったでしょうか?

難解なようでいて、実はただ「今の自分への後悔を憂いていても仕方がないから、真正面から向かい合って受け止めようぜ」という、シンプルでストレートなメッセージの曲でしたね。

この曲は全部心情描写にも見えますが、実はAメロが風景描写、Bメロが心情描写、サビがキャッチーさ、Cメロが一番米津さんの伝えたいメッセージというような構成になっていて、いたってポピュラーな歌詞構成となっていることが、Cメロの解釈までやってみてやっと分かりました。

これをあのアンバランスなサウンドとPVの中で表現してくる米津さんはやはり天才なのだなぁと改めて感じました…。

 

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MAD HEAD LOVE/ポッピンアパシー