【米津玄師】再上映の歌詞の意味を解釈・考察

2018年6月28日

再上映の曲にまつわる情報

再上映は、米津玄師さんの3rdアルバム「Bremen」の3曲目に収録されている曲で、米津流の打ち込み系王道ロックです。 Aメロよりもサビで少しゆっくり目の譜割になるのも少し他の曲とは違うような面白さがあります。

Bremen [通常盤][CD] / 米津玄師

再上映のPV

この曲はアルバム曲なのでPVはありません。ベースの弾いてみた動画がYoutubeにあり、こちらのバックで流れている音源を音量を上げて聞くと原曲のまま聞くことができます。

再上映のインタビュー記事

インタビュー記事に関しては、再上映の曲単体ではなかったので、アルバム「Bremen」のインタビューの記事をあげておきます。

・ナタリーミュージック

https://natalie.mu/music/pp/yonezukenshi07

・rockin’on 山崎洋一郎の「総編集長日記」

https://rockinon.com/blog/yamazaki/131898

再上映の歌詞の意味を解釈・考察

まさに、この曲は再上映=リバイバルがテーマの曲で、「昔の自分のやりたかったことに対する素直な気持ちが再燃していく」ような曲になっています。

歌詞を読んでいくとその細かな表現からコンセプト感も理解できると思いますので、早速見てみましょう!

再上映_1番Aメロ歌詞の意味・解釈

ここは劇場街 いくつもの映画を

只ひたすら映しだす 退屈な街

光ばかり目立つ

壁一面の広告の中で 僕はそのひとつを

選びきれず 突っ立ったままいる

(出典: 再上映 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

いくつもの映画というのは、誰かの人生や一場面を切り取ったストーリーのことを基本的には指します。ここでの映画が、主人公の過去の走馬灯のようなものとしての映画なのか、はたまた自分以外の誰かの物語を紡いだ映画なのかはこの時点では定かではありませんが、どちらにせよ誰かしらの物語がそこかしこで流れているようです。

自分は広告の中からどの映画にしようか悩んでいるようですから、やはり映画はこれから主人公がどんな生き方を選ぶかの比喩になっているようです。

再上映_1番Bメロ歌詞の意味・解釈

繰り返し思い耽けて やっと何か見つけて

辿り着いたところで それは子供のころに観たものの

只の再上映

(出典: 再上映 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

子供の頃に観たものの再上映、ということは子どもの頃から生きたかった生き方=本音でやりたいことなのでしょうか。

たしかに大人になってから就職活動などで「何がしたい?」「やりたいことは?」「どんな大人になりたい?」などの問いを目の前に広げられて1個1個を思いつめながら考えるそれと、「繰り返し思い耽けて」の部分はリンクしそうです。

本当はやりたいことがあるのにそれを周りの目を気にして隠していても、最後は元通りにやりたいことが表出してくるという日本人によくありがちな現象をもしかしたら説明しているのかもしれません。

再上映_1番サビ歌詞の意味・解釈

「そんな歌でも僕は歌うさ

何度でも繰り返し その答えを

たとえ世界が変わらなくとも

いつまでも叫ぶよ その答えを」

(出典: 再上映 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

「その答え」をずっと歌い叫ぶという映画の主人公。その答えは先ほど推察したような「本当にやりたいこと」なのだと思われます。

「世界が変わらなくとも」は、世間体や周囲の価値観が今と平行線のままで変わらないことを指し、自分という異質な価値観をたとえ認めてくれない世界であっても、映画の主人公は自分のやりたいことを声をあげて主張し続けるというストーリーがこのサビを通じて感じることができます。

ちなみに、なぜここの歌詞が映画の主人公のセリフかというと、この歌詞だけカギ括弧でくくられているからです。他の部分は基本的にはないのと、続く2番サビやCメロの歌詞の流れ的にここは映画の主人公の言葉だと理解するのが真っ当だろうという理由からこのように解釈をしています。

再上映_2番Aメロ歌詞の意味・解釈

ここは劇場街 観客もまばら

それでも狂いなく 演者は歌う 光の向こうで

懐かしいような つまらないような

只ひたすらそれを 薄ぼんやりと観て

時は過ぎていく

(出典: 再上映 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

観客はまばらでも迷うことなく演者はステージに立っていて、その様子を見て懐かしいようなつまらないようなと思っている主人公は、やはり演者に自分の将来を重ね合わせて見ているのでしょう。

自分の子どもの頃のやりたいことをやることに際して、本当はやりたいけどそれをやるのが世間から見ると痛いという想いを「懐かしいような、つまらないような」と表現しています。

再上映_2番Bメロ歌詞の意味・解釈

ここで生きてる僕は

彼とどう違うのだろう?

何もできないままで

やる気も無くただ口を開いて

日々を潰す僕と

(出典: 再上映 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

読者の皆さんにもこのような経験はあるのではないでしょうか?

何かしたいと思っていても、いつも思っているだけで終わってしまう自分と、それだけで終わらせないでしっかりと最後までチャレンジをする周りを比較してしまうこと。

まさにそのことをここの歌詞では書いています。何もできないままただただ時間ばかり過ぎていってしまう自分に嫌気がさすような、そんな場面を描いた歌詞ですね。

再上映_2番サビ歌詞の意味・解釈

「こんな僕でも風に押されて

何度となく未来へ運ばれてきた

きっといつしか僕に続いて

歌う人へ言葉を引き継ぐため」

(出典: 再上映 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

時間が過ぎ去っていつの間にか今の自分ができてきたけれど、おそらく自分のような人間はこの後も多く続いて出てくのだろう。それならば、彼らに向けて何か言葉を残しておきたい、そのような映画の中の主人公の言葉がここの歌詞には表れています。

ここもカギ括弧でくくられているので、映画の主人公のセリフというように解釈ができます。

再上映_Cメロ歌詞の意味・解釈

やっと映画は終わって 席を立ってなお僕は

彼の台詞がずっと 頭で響く

明日は多分こんな 今日に似ている毎日

悲しくなるくらいに 忘れていく日々で

そうだ僕は生きているんだ

手垢にまみれていようと

(出典: 再上映 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

映画が終わるという新たな場面転換の歌詞がやってきました。

席を立った自分はサビにあった映画の主人公のセリフを反芻しています。自分は毎日毎日同じような日々を過ごすことにネガティブな感情を抱いていますが、それでも自分はその中で生きていて、たとえ手垢にまみれて大変な目に遭おうともしっかりと踏ん張って生きていくという主人公の気持ちの変化がここから読み取ることができます。

再上映_ラストサビ歌詞の意味・解釈

「そんな歌でも僕は歌うさ 何度でも繰り返し その答えを たとえ世界が変わらなくとも いつまでも叫ぶよ その答えを」

(出典: 再上映 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

ここの歌詞は1番サビと同じですが、おそらくここで歌っているのは映画の主人公でなく、映画を見ていた側の主人公でしょう。

Cメロの気持ちの変化から、今度は主人公が自分の想いを歌っていると解釈すると歌詞をとても綺麗に捉えることができます。

まとめ|再上映の歌詞の意味を解釈・考察

再上映の歌詞解釈をしてみましたが、いかがだったでしょうか?

映画というモチーフを使って米津さんの伝えたい「やりたいことがあるなら人生一回きりだから諦めないでやってみろよ」というメッセージが強く伝わる歌詞でしたね。

Bremenの最初のアルバム曲として出だしから本当にいい曲が飾っています…。

 

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