【米津玄師】海と山椒魚の歌詞の意味を解釈・考察

2018年6月28日

「海と山椒魚」、歌詞の意味もさることながらタイトルの意味が中々分からないですよね…。

実はこの曲は”とある小説”をオマージュしていることを理解できれば意外とストーリーが見えてくるものなのです。

では、その小説の情報も合わせて「海と山椒魚」の歌詞を解釈していきたいと思います!

 

海と山椒魚の曲にまつわる情報

海と山椒魚は米津玄師さんの2ndアルバム「YANKEE」の8曲目収録されているミドルテンポのどこかノスタルジックな曲です。


YANKEE [ 米津玄師 ]

BPMやメロディの感じがどこか波がたゆたう穏やかな海のような絵を想像させ、曲の終わりにかけてさらにその海らしさというか地方のお祭り感というか、そのような何か懐かしさが込み上げる曲で、聞いていてとても癒やされます。

同じホラ吹き猫野郎も似たようなお祭り感がありますが、これとはまたちょっと違いますね〜。

リフもすごく耳の残るギターサウンドで、和風テイストなニュアンスが色濃く出ています。

 

井伏鱒二の小説「山椒魚」をオマージュしている?

冒頭にも書きました”とある小説”とは、中学・高校の国語の教科書に載っている井伏鱒二の「山椒魚」のことです。


山椒魚 (新潮文庫)

この物語はざっくり要約すると、「頭ばかりが大きくなってしまって岩の隙間に頭が挟まって動けなくなってしまった山椒魚が、同じ隙間に入り込んできた蛙を出られないように閉じ込めてしまうが、蛙がその山椒魚の気持ちを察する」というなんとも含蓄のあるストーリーとなっています。

以下のリンクから「山椒魚」の原文を読むことができるので、興味のある方はぜひどうぞ!

https://kakuyomu.jp/works/1177354054880518609/episodes/1177354054880524195

 

楽曲の中では、特に2番Aメロの歌詞に小説「山椒魚」に出てくる「岩屋」という言葉や「頭でっかちな山椒魚」と米津さん自身を重ねて表現している部分が見られるので要チェックです。

また、米津さん自身が瀬戸内海に面する徳島県出身ということからも「海」というキーワードが出てくるのではないかなとも考えられるので、これらを合わせて歌詞を紐解いていくとより深い理解ができるかもしれませんね!

 

海と山椒魚のPV

アルバム曲なのでPVはありませんが、Youtubeから歌ってみた動画を貼っておきます。

公式の曲はYANKEEを買ってぜひ聞いてみてください!

https://www.youtube.com/watch?v=px6fr1zEzmM

海と山椒魚のインタビュー記事

インタビュー記事に関して、この曲単体での記事はほとんどなかったため、2ndアルバムのYANKEE自体のインタビューを載せておきます。

・ナタリーミュージック

https://natalie.mu/music/pp/yonezukenshi04

海と山椒魚の歌詞の意味を解釈・考察

海と山椒魚は、すでにいなくなってしまった大切な人を回想しながら色々と想いを馳せる主人公との歌です。

そして歌詞を読み解く際に、彼らを取り巻く海などの場所・風景も大切な要素となってきますので、そこにも注意して歌詞を読み取っていってみてください。

海と山椒魚_1番Aメロ歌詞の意味・解釈

みなまで言わないでくれ 草葉の露を数えて

伸びゆく陰を背負って あなたを偲び歩いた

二人で植えた向日葵は とうに枯れ果ててしまった

照り落ちる陽の下で 一人夏を見渡した

(出典: 海と山椒魚 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

伸びゆく影なので、おそらく夕暮れ時なのでしょう。照り落ちる陽ともあるので、時間帯はこれで間違い無いと思われます。

あなたを偲んで歩いたという表現から、あなたに対して好意を持っていたけれども今はもう目の前にはいないということに対する主人公の悲しさをそこに見ることができます。

2人で植えた向日葵が枯れ果ててしまった様子からも、主人公の喪失感を伺うことができます。

ただ、冒頭の「みなまで言わないでおくれ」はまだきちんと理解がここだけではできません。

続けて歌詞を解釈していきます。

海と山椒魚_1番Bメロ歌詞の意味・解釈

今なお浮かぶその思い出は

何処かで落として消えるのか

(出典: 海と山椒魚 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

その思い出とは、主人公と”あなた”の二人でいた時の思い出でしょう。

向日葵を一緒に植えた思い出などが未だに頭に浮かぶものの、その思い出がいつか落ちて消えてしまうのだろうかという、将来への儚い想いをそこに見ることができます。

海と山椒魚_1番サビ歌詞の意味・解釈

あなたの抱える憂が その身に浸る苦痛が

雨にしな垂れては 流れ落ちますように

真午の海に浮かんだ 漁り火と似た炎に

安らかであれやと 祈りを送りながら

(出典: 海と山椒魚 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

安らかであれと祈りを送るということは、やはりあなたは亡くなってしまったのかどこか遠くへ行ってしまったのでしょう。

あなたにまつわる苦しみや痛み、憂鬱がなくなるようにと祈っていることから、よっぽどあなたのことが大切なのでしょう。

ここで注目しておきたいのが、「真昼の海に浮かんだ漁火と似た炎」という表現です。

漁火は普通夕暮れ〜夜にかけて行うもので、画像検索をすれば分かりますが魚を暗いところで取るための明かりとなる炎のことです。

これを昼間におこなうということは、わざわざ見えているところで炎を焚くということ。

あなたという見えない存在を昼間からでも探したいという主人公の想いが見え隠れするように思えます。

続いて2番を見ていきましょう。

 

海と山椒魚_2番Aメロ歌詞の意味・解釈

みなまで言わないでくれ 俺がそうであるように

あなたが俺を忘れるなら どれほど淋しいだろう

岩屋の陰に潜み あなたの痛みも知らず

嵐に怯む俺は のろまな山椒魚だ

(出典: 海と山椒魚 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

大切なあなたに忘れられてしまったら主人公はとても寂しくて辛く、それを誰もが悲しいと感じているということをわざわざ皆口に出して言わないでおくれと思う主人公の気持ちを読み取ることができます。

岩屋とは、岩の間にある空洞の部分のことです。

あなたという存在がとても大切であるにもかかわらず、痛みや苦しみがあなたに降りかかる際には自分は何もできずにこっそり隠れているという様子を「のろまな山椒魚」と少し皮肉を込めて比喩しています。

ここの「岩屋」や「山椒魚」は井伏鱒二の小説「山椒魚」と表現がまるで同じなので、オマージュとして捉えることができます。

頭ばかり大きくなって動けなくなってしまった山椒魚と引きこもって考え事ばかりしている米津さん自身の姿を重ね合わせてこのように表現しているのだと思うと、非常に深いですね…。

 

海と山椒魚_2番サビ歌詞の意味・解釈

零れありぬこの声が 掠れ立ちぬあの歌が

風にたゆたうなら あなたへと届いてくれ

さよならも言えぬまま 一つ報せも残さずに

去り退いたあなたに 祈りを送りながら

(出典: 海と山椒魚 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

「零れありぬ」や「たゆたう」というように少し古語っぽく言葉を選んでいるからか、余計に曲の雰囲気とマッチして和のテイストを上手く演出していますね。ほんの少しでも自分の声が、歌があなたへと届いてくれればという想いです。

あなたは主人公に対して、さよならも言わずに唐突にいなくなってしまった存在のようです。

突然の別れを思い出して、寂しくなって想いを馳せる主人公の様子を歌った歌なのでしょう。

主人公とあなたの関係性を具体的に特定するのはなかなか難しいですが向日葵を2人で植えたとあるあたり、恋人関係なのか親子関係なのか、はたまた旧友的な存在なのかと幅広く推測することができます。

おそらく、ここに関してはあえて米津さんは余白を残したのだと考えます。というのも、米津さんが影響を受けたBUMP OF CHICKENなどの歌詞は特定の誰かを指して考えられるような曲ではなく、リスナーがそれぞれ大切な誰かに当てはめて聞いてくれればという思いがアーティスト側にあるということをよく様々なインタビューで読みます。そんなところからではありますが、おそらく今回の海と山椒魚も米津さんとしてはそのように考えているのではないかなと僕は考えます。

海と山椒魚_Cメロ歌詞の意味・解釈

青く澄んでは日照りの中

遠く遠くに燈が灯る

それがなんだかあなたみたいで

心あるまま縷々語る

(出典: 海と山椒魚 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

青く澄んでは空もでしょうし、この曲のタイトルにあるようにおそらく海もでしょう。

最初のサビの歌詞にあるように、昼間の日照りの時間から漁火のような炎が灯っている様子が目に浮かびます。そして、それがずっと想いを馳せているあなたのように見え、主人公は心の内を次から次へと語っていくとこのCメロでは描かれています。

縷々語るの「縷々」とは、「絶え間なく次から次へと細かく」という副詞的意味合いの言葉です。

この縷々という言葉は中々出て来ない言葉なので、米津さんの読書家としての知性が細かいこのような言葉遣いから見ることができます。

海と山椒魚_2番Bメロ歌詞の意味・解釈

今なお浮かぶこの思い出は

どこにも落とせはしないだろう

(出典: 海と山椒魚 作詞:米津玄師 作曲:米津玄師)

1番のBメロでは。後半部分が「落として消えてしまうのか?」という歌詞でしたが、ラストのサビ前では「落とせはしないだろう」というやや断定的な主人公の意志を感じられる歌詞に代わっています。

ここから、歌詞の一連のストーリーの中で、主人公はあなたのことを忘れようともしかしたらしていたのかもしれませんが、一緒に過ごした場所を巡っているうちに、やはり忘れられはしないのだろうなと気持ちが少し前に行くように描かれていることが伺えます。

ラストサビは1番サビと全く同じなので、考察は割愛します。

まとめ|海と山椒魚の歌詞の意味を解釈・考察

海と山椒魚の歌詞解釈をしてみましたが、いかがだったでしょうか?

この曲は、今はいないけれど忘れられない大切な人と自分のいい意味での決別の歌だったのではないかなと。

個人的な感想で恐縮ですが、この曲の舞台はどこか米津さんの出身の四国の瀬戸内海をイメージして作られたのではないかなと感じています。

メロディや歌詞のところどころの懐かしさに、リフの祭り囃子にどこか近いようなリズム感などがどうしても地方の田舎の穏やかな海の景色を彷彿とさせるのです。

合っているかどうかは定かではありませんが、そんな見方もあるのだなぁくらいに捉えていただけるとありがたいなというところで、こちらの記事はおしまいです。

 

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