落合陽一の「 超AI時代の生存戦略 ―― シンギュラリティ<2040年代>に備える34のリスト 」を読んでみた

2018年6月28日

仕事帰りに東京駅の八重洲ブックセンターでメタップスの社長の佐藤航陽さんの「お金2.0」を買いに行くついでに何かないかなぁと思っていたら、こちらの落合陽一の「超AI時代の生存戦略 ―― シンギュラリティ<2040年代>に備える34のリスト」という本が目につきました。


超AI時代の生存戦略 ―― シンギュラリティ<2040年代>に備える34のリスト

落合陽一といえば、「現代の魔法使い」として有名で筑波大学の教授をやったり、自分でも起業して会社を経営してたり、睡眠時間が平均4時間でカレーをストローで吸って食べることで最近巷で話題な人ですが、このとんでもない人の本は実は僕は読んだことがありませんでした。

デジタルアートという分野に関しては全くのド素人でド文系な僕なので、理系の難しい話をされても困るんだよなぁと勝手に敬遠していましたが、このタイトルを見た時に「そこまで理系的な話に傾倒することもないのかな?」と思い、立ち読みを始めました。
そして90分間の立ち読みの末、読了しました。(最近本を買うのがもったいなくて、いかに速読で本をその場で読み切れるかというドMな遊びをしております)

本の内容・感想

さて、本題の中身の部分ですがザックリ要約すると「仕事と遊びを分けない方がいい」「ニッチでも自分だけのポジションを作れ」「価値観に正解はない」「機械を動かす側になるか機械を動かす人を動かすか」。だいたいこんな感じです。

具体的には、AIや機械がより進歩した時に人はどうなっていくということを考えると、「その人だけしかできない仕事をすること」がまず求められるということが述べられています。

これは、誰でもできる仕事はロボットに取って代わられるからですね。そして、そのオリジナリティある仕事をどうやって見つけていくのかといえば、自分の仕事の中でどれだけニッチで専門的な部分でも構わないから、その道の1位になってどんどん発信していき、さらに仕事をやる中でその1位の部分を増やしていくというブランディングの考え方の基礎のようなことを行う必要があると落合さんは言います。

もちろん、個人でそこまでのブランディングをしない場合でも、最先端の機械を扱う側に回ってしまえば、それを回避することもできなくはないとも彼は言います。

そして、技術の発達によって物理的な制限が取っ払われるので「どこでも誰とでも仕事ができる」というようになると、今度は今までの常識や価値観を疑うというフェーズに入るわけです。

「ここで働かなければならない」「正月は休まなければならない」「8時間働いて8時間遊ぶという時間制限の枠が無くなる」といった切り口で、既存の価値観を否定はしないものの唯一の正解ともせず、あくまで「認める」というところで落ち着かせましょうというスタンスが大事になってくるという話につながっていきます。

そうなった時に「ワーク・アズ・ライフで、仕事と休みの価値観の境目がモザイク的に溶けてなくなっていく」と彼は論を進め、どのように働くことで自分のモチベーションを高められるかや、どのように働き暮らしていくのがストレスフリーなのかということを考えていくプロセスに突入していきます。

最後の方は、その価値観を個人が持ちながらも、どうやってコミュニティを形成して他人と関わりあっていくのかということをSNSなどを用いて説明していきます。

話の論の中身を要約すると、最近の働き方改革系の本の内容と何らか変わりはないように見えるのですが、落合さんは研究者ということもあって、この論をかなり学術的に丁寧に説明しているのが最近のキングコング西野の「革命のファンファーレ」などを始めとした幻冬舎×Newspicks勢の本と一線を画しているところです。

まさかの「エピローグ」の難解さ

余談ですが、なんとまさかの「エピローグ(=あとがき)」がこの本の中で最も難解で読むのが大変でした。

この時点で目も足も大変疲れていたので、完全にトラップでした。落合陽一の本はもう二度立ち読みするもんかとも勝手に思っています。

ちなみにこのエピローグはかなり学問的な言葉や引用が出てくるので、現代文が苦手な人は何が何やらさっぱり分からないかもしれません。

彼はここでは難しい言葉を用いているものの、本質は上述のものと変わらずなので、分からなくても大丈夫なことは大丈夫です。

と、このようにざっくり目ではありましたが、落合陽一さんの本を読んでみての要約的な感想を書いてみました。

他の著書を読む時は座って読もうっと。


超AI時代の生存戦略 ―― シンギュラリティ<2040年代>に備える34のリスト