米津玄師とハチは同一人物だけど「楽曲・歌詞のつくり」がどこか違う?

2018年7月13日

ハチと米津玄師は同一人物!という記事はたくさんありますが、「その2つの名義の違いによって作風に違いが生じるのかどうか?」という記事がなかったので、今回はハチ楽曲と米津玄師楽曲に違いが果たしてあるのかどうかについて改めて考察しようと思います!

 

・・・

なぜこんなことを思いついたのかというと、最近「ハチさん名義の作品が網羅されていて勉強になります」という旨のツイートをタイムラインで見たのがきっかけです。

このツイートを見て、「あ、これは自分も言葉でこの魅力の違いについては説明したいな〜」と思い、今回の記事に繋がりました!

なかなかにマニアックな内容ではありますが、ハチ曲を知らない人は過去の米津さんの楽曲を知ることで彼の思想の文脈を理解でき、楽曲に対してより深い解釈をすることが可能となりますので、ぜひ最後までご覧いただければと思います。

 

ハチ/米津玄師の経歴

ハチ(本名:米津玄師)さんは2009年にボカロPとしてデビューし、「マトリョシカ」などの楽曲を筆頭にヒット曲を立て続けに生み出し、一躍有名ボカロPとなりました。

その後2012年にはボカロを隠れ蓑にしたくないという思いから、本名の米津玄師名義で1stアルバム「diorama」を引っさげメジャーデビュー。

その後、「アイネクライネ」「Flowerwall」「打上花火」「Lemon」など、様々な楽曲が全国区レベルでタイアップされ続け、名実共に日本のトップアーティストへと駆け上がって行きました。

 

米津玄師とハチは同一人物だけど違いはあるの?

先ほどの経歴に書きましたように、米津玄師とハチは同一人物です

昔ながらのボカロファンからすると、「え、まじかよ!あのマトリョシカとか作ってた人の中身の人なの!しかも本名でデビューしちゃうの!」と驚き要素が満載なので、デビュー当時はものすごい話題を呼びました。

 

名義の違いとしては、「ボカロで曲を発表する時=ハチ」「本人が歌う時=米津玄師」というような使い分けとなっていて2018年現在も大まかにはそのような違いとなっています。

ただ、本人曰く「米津玄師とハチで作品・作風に明確な違いは持たせていない」とのことなので、あまりこの名義というものは深く考えずに作品を解釈するのが正しいかと思われます

 

しかし!!

今回はそれを踏まえた上で「ハチ全盛期の曲」をハチ曲とし、「米津玄師名義で発表された曲」を米津玄師曲として、それぞれの楽曲に見える作風の違いの変遷を追いかけてみようというブログにしたいので、あえてここは時系列的に分けて楽曲を考察してみたいと思います!

 

ハチ名義楽曲の特徴

ハチ名義の楽曲について、本質的なメッセージ性は変わらないものの、1stアルバムと2ndアルバムでは曲の表現方法に異なる部分が見られます

そこで、まずは楽曲のメロディなどの「曲調」と曲の内容を直接表現する「歌詞」の2つに分けて、ハチ全盛期の頃の楽曲特徴を解説していきたいと思います。

 

きめ細かい音像とギミック満載のキャッチーなメロディが特徴!

まず曲調の点で言えば、1stアルバム「花束と水葬」圧倒的にピアノとストリングスの音数の多さが特徴的だと思われます。


花束と水葬

具体的な楽曲名で言えば「Persona Alice」「Qualia」などを聴けば分かるように、他の作品群と比べると非常に儚く脆いイメージを持たせるような繊細できめ細かい音作りが、これらの楽曲の主人公の心の弱さやストーリーの切なさを見事に表現しています。

 

反対に2ndアルバム「OFFICIAL ORANGE」を見てみると、「マトリョシカ」「パンダヒーロー」などに見えるようなガチャガチャとしたいわゆるキャッチーなボカロサウンドが特徴です。


OFFICIAL ORANGE

まさに誰もが想像するような「ニコニコ動画最盛期にボカロサウンドといえばこのキャッチーさ!」というブランドの礎を築いていった曲達がこの「OFFICIAL ORANGE」には数多く収録されています。

もちろん「花束と水葬」の流れを汲んだような「目眩電話」「白痴」といった楽曲も見ることができるので、前作からの進化形としてこの2ndアルバムが位置付けられていることが分かりますね。

米津玄師でメジャーデビューしてから発表したハチ曲である「ドーナツホール」「砂の惑星」なども、どちらかといえばこのザ・ボカロサウンドの方に分類されるものと思われます。

 

歌詞の特徴は「暗い」「切ない」「物語」

さて、お次は歌詞の特徴ですが、とにかく「物語的な歌詞」というのが1番のハチ曲の特徴です。

もともと彼は影影響響を受けたアーティストとしてBUMP OF CHICKENを挙げているので、バンプならではのストーリー性の高い歌詞を好んで書いていたのだと思われます。

BUMP OF CHICKEN

(画像出典:https://rockinon.com/news/detail/121406)

米津さんと同年代且つ同じような邦楽ロックを聞いていた僕はよく分かるのですが、「jupiter」や「ユグドラシル」辺りのバンプのアルバムは特にその傾向が強く、この頃のロックキッズな中学生や高校生はさぞかし死ぬほど聴いていただろうと思われるので、この影響を受けるのは容易に想像がつきます。

 

そして、次の歌詞の特徴である「暗さ」と「切なさ」ですが、これはおそらく誰もが想像できる予定調和的なハッピーエンドではないストーリーを描かないことに美学を感じていたことが起因しているのではないかなと推測しています。

「この物語はどうなっちゃうの?」「大切な人が消えてしまうなんて悲しい」という退廃的で想像もつかない展開を描くことで、ストーリーのキャラクターの心情にリスナーの気持ちをシンクロさせやすくなるような構成や表現になっているのではないかなと。

だからこそ、この頃のハチ楽曲を聞いているとどこか小説を読んでいるかのような気分になる楽曲が多いように感じますよね。

 

ハチ〜米津玄師の移行期間(diorama)

米津玄師名義でのメジャーデビュー作である1stアルバム「diorama」はちょうどハチと米津玄師の半分半分という位置付けとして僕は捉えています。


diorama

というのも、曲調はハチで歌詞もハチなんだけどもっとボカロ時代よりも歌詞の内容が米津玄師の個人的な想いを体現しているから、というなんともいえない作風が理由なんです。

ボカロ曲の時もたしかに米津さんの想いを表現するものはありましたが、あくまでストーリーが中心にありました。

しかし、dioramaで描かれている楽曲は「首なし閑古鳥」などモチーフとなるキャラクターを用いたものはあれど、歌詞の中身はストーリーよりもメッセージに重心が傾いています。

「駄菓子屋商売」「caribou」などの作品はよりストーリーの解像度が下がり、反面で米津さんが世の中に伝えたい想いはよりクリアに見えるようになります。

(クリアとは言っても、この頃はまだまだ難解な歌詞を多用しているのですが…笑)

 

このように、楽曲と歌詞の作り方のバランス感覚を考えるとやはり「diorama」は僕の中でハチと米津玄師が50:50の割合で共存している作品だというように定義づけられています。

(異論は大いに認めます!)

 

米津玄師楽曲はハチ最盛期よりも歌詞がポジティブ?

さて、2ndアルバム「YANKEE」の作品から、米津玄師の楽曲はハチ時代のものとはまた大きく変わってくるようになります。


YANKEE (通常盤)

サウンドももちろんなのですが、特に歌詞のメッセージ性がかなり大きく変わってくるので、この変化の変遷についてを中心に解説していこうと思います!

 

米津玄師の歌詞は「救い」がキーワード

米津玄師楽曲になるとハチ名義の頃の曲よりも歌詞の表現がマイルドになり、歌詞のメッセージの対象が「To自分」から「To相手」へと変化していることが分かります。

さらに言えば「相手の心を救うような歌詞になっている」という点も大きな変化と言えるでしょう。

ここに関してはちょっと意味が分かりづらいと思いますので、曲を具体例にして説明していきますね。

 

「サンタマリア」が最初のターニングポイント

各アルバムのキー楽曲を見ていくと、まず「YANKEE」からは1stシングルにもなった「サンタマリア」がターニングポイントであると言えます。

ハチ〜diorama時代までは自分の心の闇を形で表現してきましたが、この曲はそのネガティブさを「全て正しい」と肯定した上で「じゃあ、これからその弱さや暗さを踏まえて何処へ行こうか?」という歌詞になっている点で今までの楽曲の歌詞とは大きく変わっているのではないかなと。

そして、サンタマリア(=聖母)というまさに「救い」や「癒し」をイメージするモチーフをタイトルに持ってきていることからも今までとは少し違ったニュアンスを感じ取ることができます。

サウンド面で言えば、1人だけでなく複数人での収録になったことからバンドサウンドがよりハチ最盛期よりも強く押し出されていることが変化のポイントとして挙げられますね。


サンタマリア

 

「アンビリーバーズ」はネガティブな未来を否定することで相手を”救う曲”

次に3rdアルバム「Bremen」であれば「アンビリーバーズ」が相手への救いの楽曲になっていると言えるでしょう。

この曲は「否定による肯定」がテーマとしてあり、昔の米津さんと似たようなネガティブな性格の人が「どうせ将来もネガティブな未来しか待っていないんだ」と悲観している様子に対して、「いや、そんな未来は信じない!」と否定をすることで自分の未来に対して前向きになるというメッセージが込められています。

この楽曲も先ほどの「サンタマリア」のように相手に対して前を向いていこうと伝えるニュアンスの強い曲で、やはり年々このような「ネガティブな気持ちも分かるけどポジティブに行こうよ」というテイストの歌詞が増えていっていることが分かります。

サウンドはロックを基調にしつつもエレクトロの要素を取り入れている点でだいぶ今までの米津さんの楽曲とは違った印象を受けるかと思われます!


アンビリーバーズ

 

醜い自分を肯定する曲「かいじゅうのマーチ」

最後に4thアルバム「BOOTLEG」から、米津さんの過去の原体験にある「自分は醜い存在で普通の人とは違う怪獣のような存在だ」という思いがベースにある「かいじゅうのマーチ」です。

dioramaでは「首なし閑古鳥」のように醜い自分はなんて悲しい存在なんだと歌っていた米津さんですが、この楽曲の中では「怖がらないで一緒に歌おうよ」とかなり前向きになっていることが歌詞から読み取れます。

同じ原体験だとしてもそれをどのように表現するかは、その時の米津さんの心持ちやリスナーに何を届けたいかという視座次第でここまで変わるのだなと感じられる1曲になっているのが印象的ですね。


BOOTLEG

 

まとめ

ハチと米津玄師名義の楽曲の違いとそこから見えるアーティスト性の変化について見ていきましたが、いかがでしたでしょうか?

最新の楽曲になるにつれて、楽曲の表現方法もメッセージの対象や内容も少しずつ変わっていることが分かったかと思います。

1つ断りを入れておくと、ハチと米津玄師で分けて考える必要はほとんどないと僕は思っています。

あくまで楽曲特徴の違いを今回は説明しましたが、特に米津さんは楽曲を作る上でハチと米津玄師の人格を変えている訳ではありませんので、その点は勘違いしないように注意しましょう(これは本人の口から公言されていることでもあります!)。

 

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