Twitterから見えてくる米津玄師の思想と価値観

昨日の米津さんのツイートがなかなかに思想を反映していてすごくツボだったので、思わず解釈ツイートをその場で書いてしまいました。

それに対して僕が読み取った文章の意味はこちら。
いいねが20以上ばばばっと付いたので、おそらく同じ米津ファンには理解できるものがあったのでしょう…。
(ちなみに「死守せよ、だが軽やかに手放せ」は米津さんが好きな言葉です。)

とはいえツイート1つだけでは正直きちんと伝えられている気がしません…。

そこで、今回は140字では伝えきれない米津さんのツイートの真意について考察してみようと思います!

ツイートにある「信念」という言葉について

もちろん本人が何をどう思って発言したのかというのは本人に聞かないと分からない部分ではありますが、

「自分の価値観を信念として正当化する行為自体が自分を守るためだけの行為になってしまってやしないか?」

「だからこそ、それにいつまでも固執するのではなく常に手放し、皮肉にも次の信念となるものを見つけてはまた手放すことを通じて自分をアップデートしていかなければならないのでは?」

ということを婉曲的に伝えようとしているのではないかなと個人的にはこのツイートから感じました。

そして、その信念の積み重ねによって出来上がった自分を理解・認識し、そんな自分だからこそ向かうべき道はどこなのか?を考えることが、ツイート内にあった「どこに向かおうとしているかを考えているか?を考えることは大切」という言葉に通じるのだろうなというようにも理解をしています。

米津さんの作品でいえば、特に1stアルバムの「diorama」はそんな自分の信念を形にして自己認識するようなそんなアルバムだったのかもしれませんね。

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diorama

ありふれた誰でも言えること・考えられるものは「美しくない」

最後の「卑近なものは一笑に付す」は、上記の簡単なものがつまらないという言葉と意味はほぼ同じではありますが、言い換えればいわゆる米津さんの目指す「美しいもの」ではない、という言葉になるのかなと思われます。

なぜ美しくないのかといえば、上記のように信念の積み重ねで出来ている自分だからこそ言えるメッセージでなければ、誰が言っても同じような薄いものになってしまうからです。

たとえばよくある売れ線の楽曲などは彼から見ると美しくないのでしょう。

曲はキャッチーだけど数ヶ月で聞かなくなってしまうようなアーティストはそういった自分らしさや独自のストーリーを感じられないから美しくないんですよね。

少し横に逸れますが最近ポルカドットスティングレイの曲がどうしても好きになれない方が呟いた内容が少し話題になっていました。

ポルカはマーケティング目線でだけ曲を作っているからこそ、そこそこのところまで人気は出てきたけど音楽シーンを俯瞰的に見た時には深く聞かれる段階にはまだいけていません。

ここから先に必要になってくるのはいわゆるマーケティングだけで作る作品ではなく、「これを伝えたい!」という強烈な過去の原体験からくる独自の思想や価値観になるフェーズなのではないかなと思われます。
(もちろん、「マーケティング手法だけで絶対やってやる!」という想いが強烈であれば、それはそれでその背景にある原体験や思想をインタビューなどで話すなどすれば独自の価値にもなりえはします。)

結局長い目で見た時に、アーティストと同じような原体験をした人が長く根強いファンになってくれますし、そこにアーティストとしての独自性が出てきます。
先ほど紹介した1stアルバム「diorama」なんかは完全にもうマーケティングとは無縁の「米津さんが主観的にいいと思ったものをとにかく作りました!」みたいなアルバムではありますが、結果として今現在の米津さんの音楽キャリアから考えると、あのようなアルバムで米津さんの根底にある過去や闇のようなものに共感したリスナーが曲調は多少変われども何年も長くファンで居続けているのでしょう。

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