仕事と労働と勤労の違いで見る、現代人の働き方。

2018年3月4日

改めて、「働く」って何か?を考える

僕は普段人事コンサルティングの仕事をしているので、よくこの「働く」とか「キャリア」などと言った抽象的な言葉について考える事がよくあります。

最近だと、働き方改革という言葉が非常に大手を振って世間を歩いていますが、多くの人が改めて「働くってなんだっけ?」という本質的な問いに立ち返るきっかけとしての機能としては、僕はこの働き方改革は非常に大きな意味を持つバズワードになったなと思っています。

そのような中で多くの人が疑問に思うこと、人事コンサルを行う僕らですら疑問に思うことの一つに「仕事・労働・勤労の違い」があります。

そんなの言葉の綾だろ!という言葉が聞こえてくる気もしますが、僕ら日本人はそれぞれの微妙なニュアンスを感じながら会話でこれらの言葉を使い分けていると思えてなりません。(現に居酒屋で「あー、今日の労働はいつもより楽しかったなぁ」と口にする人よりも圧倒的に「仕事は楽しかったなぁ」と口にする人の方が多数のはずです。)

もう少し硬いところでいくならば、「同一労働同一賃金」「勤労感謝の日」などと言ったワードからも違いをどこか感じることができるはずです。

では、この「仕事・労働・勤労の違い」はどのような点で生じているのでしょうか?

そして、私たちが普段1日の大半を過ごしている行動は果たしてこの3つのどれに当たるのでしょうか?

日本語の由来から考える

分からないことは語源から、と僕はよく小学校で習いましたのでそれに倣って考えます。

言葉は由来を知ることで本質的な意味合いを理解することができますので、早速それぞれの言葉を見ていきましょう。

仕事とは

まずは「仕事」です。仕事とはそもそもどんな言葉から由来しているのでしょうか?

ネットで調べてみるとこのような結果になりました。

「仕事」は、生計を立てるために行う職業の事を指して使われる言葉だね。「しごと」の「し」は、動作とか行為とかいう意味を表す「為(す)」の連用形

(中略)

「すること」というのは、「するべきこと」と同意なので、これが段々と生きて行くために「するべきこと」=職業、働く、などという意味に変わっていって、これが後に「仕事」という表現に変化していった

(出典:http://www.lance2.net/gogen/z376.html)

仕事を言葉で分解すると「事」に「仕」える(=事を為る)という意味になります。なので、大元の語源から考えるとポジティブな意味合いでもネガティブな意味合いでもなく、あくまで非常にフラットな状態として「事を行う=職を行う」という意味合いになる訳です。

現代の「働く」で考えても、「仕事って楽しい!」「仕事ってつまらないな…」というどちらの意見も包含するような大きい器としての言葉として機能しているように感じます。

このような観点でいくと、確かに僕ら現代人は仕事という言葉を仕事に対するその時の気持ちに応じて使い分けているのは確かなことと言えます。

仕事という言葉に加え「ワーク」という言葉が最近だと主流ですが、もともとは「work」は「作品」という意味の英単語でもあります。そのことも踏まえると、「仕事」は一つの「作品」であるため、その仕事の過程や結果に応じて自己実現を図るという現代的な「働く」にかなりニュアンスは近づくものだと捉えることができるのではないでしょうか?

労働とは

次に「労働」です。

先ほどのように労働という言葉を分解して考えると「労」+「働」となります。

①まず「労」という字ですが、こちらは「疲れる・くたびれる」といった行動に対してかなりネガティブな意味合いを持つ言葉です。

②そして「働」という字ですが、これは更に言葉を分解してニンベンに動くなので「人」が「動く」という単純な事実のみを捉える言葉だと理解することができます。

(一部参考:https://www.fleapedia.com/%E4%BA%94%E5%8D%81%E9%9F%B3%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/%E3%82%8D/%E5%8A%B4%E5%83%8D%E3%81%A8%E3%81%AF-%E6%84%8F%E5%91%B3/)

総じて考えると、「ネガティブな意味合いで動く(=本意ではない状態で働く)」というポジティブさを含まない意味の言葉として定義することができます。

おそらく、現在の我々の感覚からいっても「労働」と聞くと直感的に「やらされ仕事・面倒な仕事・働かされている感覚」といったような意見が出てくるのではないかなと思われます。

ただ、それにもかかわらず古くから続く法律上などでは様々な言葉が便宜上「〜〜労働」「労働〜〜」のようになっているので、これは近代的な「働く」へのアプローチとして捉えるのがベターだと言えるでしょう。

よく昔の人は「とにかく頑張って働く」という「働くことへの意味でなく、働いた結果に対する物的・ステータス的対価にモチベーションを感じて働いていた」と言われていますが、実はこのような「労働」という言葉一つからでもその本質を見ることができるという訳です。

英語にすると労働は「labor」が一番意味としては近く、日本語でも労働組合のことをレイバー・ユニオンと言いますよね。この概念が生まれた時代は明治時代。英語や西洋の労働観が本格的に日本に入ってきた1897年頃なので、当時の働くことへの感覚がこの「労働」という近代的な言葉に集約されていることがよく分かります。

勤労とは

最後に勤労です。

これは僕ら20代の若い世代からすると更に古臭い言葉のように感じます。

言葉を先ほどと同じように因数分解すると「勤」+「労」ですね。

①「勤」は「義務」という意味合いが大きいです。勤めるという言葉は、「所定の場所に行って働く」というニュアンスが大きいですよね。参覲交代の「勤」はまさにそれを体現しているのではないでしょうか?

②「労」は先ほどと同じように「疲れる・くたびれる」という意味合いですね。

なので、まとめると「勤労」は「義務的に働く上に、働いた結果として心も体もすり減ってしまう」という現代の我々の感覚値から見ると一番ネガティブな言葉であるというように解釈することができます。

英語にすると「work」になるケースが多いのですが、おそらくこの勤労という言葉は英語由来ではないのでしょう。先ほど記述したように、参覲交代のような江戸時代の頃の言葉からすでに「勤」という言葉は義務的なものを表す言葉として使われていることが明らかですので、この言葉に関してはあまり英語に由来を求めずに解釈するのがベターと言えます。

仕事・労働・勤労の違いのまとめ

このように仕事・労働・勤労を言葉の由来から本質を解釈していった上で、我々現代人はどのように「働く」のがいいかをそれぞれ考えなければなりません。

僕個人としては、あえて近代的な考え方で捉えて「労働」として賃金や肩書きを手にすることを目的にしてもいいでしょうし、「仕事」と捉えてビジョン達成的な部分での自己実現を求めるのもいいと思います。

ただ、この中でとても大事になってくるのは「正解はない」ということです。よく「こういう働き方が正義だ」という画一的なものの言い方をする人や文章をよく見ますが、それはとてもナンセンスなこと。

何事も価値観は人それぞれですから、周りに迷惑をかけなければ好きに選択して構わないのが本質ではないでしょうか?

そのような大きな視点で「働く」を捉えることができたのであれば、仕事・労働・勤労もそれぞれとても素晴らしい概念に違いありません。